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あのころはあんな事やっとんてんなあ・・・と感慨にふける個人的ページ



2005年12月頃

元旦に銀行が合併する。おかげで仕事関連やこのサイト関連でも面倒な事務作業が発生し、年末の慌ただしさが増大している。合併するのは勝手やけど何で俺の用事を増やすか。それに、「東京三菱」+「UFJ」だから「東京三菱UFJ」だと思うじゃないか、どうして「三菱東京UFJ」だ。わざと混乱させたがってるように思えて仕方ない。

2005年7月頃
DTP や Illustrator とは直接関係ないですが、最近ウェブサービスをおもしろがっています。「Amazon」や「google」や「はてな 」などから情報を引き出して来て、再編集することができます。Web 上に散在してる情報を再構成して新しい価値を生み出すことが、プログラムさえ作れば自動的にできるわけです。

2005年6月頃
半年以上放置してました。作るって宣言した画期的ソフトの開発も止まったままになってます。それもこれも妻が入院し、てんやわんやの大騒動だったことが原因です。だけど騒動もひとまず収まり、そろそろ再開の予感です。

2004年12月頃
最近忙しいのでぼちぼちとしか進んでないですが、新しいソフトを作ってます。Illustrator 関連でも DTP 関連でもないです。どちらかというとエンターテーメント系だけど役に立ったりもする画期的な代物です。と大口ほざいて、完成しなかったりつまらなかったりすると格好悪いですね。しかし、こうやって自分を追い込まないと近頃何もできんのです。

2004年10月頃
移転したのを機に、サイト内のリンク集を PHP で作り替えました。Webプログラミングに慣れてないからでしょうか?アホだからでしょうか?えらく時間かかりました。ローカルで充分にテストしたのでとんでもないバグはないと思いますが少し自信なさげです。変なことになってたら教えて下さい。

2004年9月頃
このサイトの置いてあるサーバーを移転してます。今度のは PHP や SQL が使えるぞ。と言ってもきっと使わない予感が激しいです。ところで自宅も引っ越しました。電話番号は変更ないし、郵便物も来年まで前の住所で届くし、ということで引っ越し先の発表は年賀状の発送をもって代えさせていただきます。

2004年7月頃
このサイト近頃まったく放置状態ですが、ご心配には及びません。死んでません。子犬をしつけたり、夫婦喧嘩したり、引っ越ししたりで忙しい日々です。

2004年2月頃
ずいぶん長いことマトモな更新をしてないなあ。仕事で使ってるシステム(OSは9、Aiは5とか8)と世間の先端との乖離が大きすぎて、どこらへんをターゲットにすりゃいいのか混乱しとるんですわ。ログ見ると Win からのアクセスが9割だし。そこらへんも考慮してそろそろ何か新しいこと考えようか。ぼちぼち春だし。

2004年1月頃
今まで見てきたものとこれから見るものとを数えてみたら、これから見るもののほうが少ないのかも知れない。新年早々そんなこと考えて、えらく寂しい気分になってしまいました。毎日を大切にしなきゃいけないなと思うこの頃です。

2003年12月頃
僕らの生きてるこの世界について近頃すごく感じること。「すき間があいてる」「生命が足りない」「複雑さや全体性に欠ける」・・・何て言えばしっくりくるかわからないけど、何かただならない「あほらしさ」が満ちてきている。コンピュータばっか触ってるから罰が当たってしまったんだろうか。 

2003年10月頃
子供の頃に描いた「未来の絵」というと、ロボットが働いていてエアカーが空中のハイウェイを疾走していて人々はテレビ電話で会話していて……というのが定番だった。何か知らんが「技術が発達してる」という理由だけで未来は幸せそうだった。で、現在。いったい僕らはどこへ向かってるんだよ?

2003年9月頃
遅ればせながら、メインの仕事環境について最近 Illustrator5〜8 から9〜10 へ移行の兆しが見えてきた。これは、PostScript から PDF への移行である。Illustrator のネイティブファイルが PostScript ベースなのを前提に、色々な効率化システムを作ってあるので、正直言ってこの変化は嬉しくない。旧インフラとの共存を容認しない革新は暴力的でいやだなあ。否応なしに新しい世界の構築を強要されもんなあ。

2003年8月頃
「夏はやっぱりビール」
などと大声で言うとさしさわりがあります。「年中飲んでるくせに」とつっこまれるからです。うーん、言葉遣いってむずかしいなあ。ならば、「夏はやっぱり昼間からビール」ということでどうでしょうか。

2003年7月頃
「人生山あり谷あり」と言ってみてふと気付く。色々あるけど谷ばっかりやんか・・・。近頃、身辺でも世間でも気の滅入ることが多いので、トップページをさわりました。夏っぽい写真を入れたりして、少しは心軽やかになればいいなと思います。

2003年6月頃
中の方はゆったりしてるのに、入口あたりできゅうきゅうに詰まっている電車の乗客達を見て、「頭悪そう。。」と情けない気分になるのは、かつて飼っていたジャンガリアハムスター達を思い出すからか。人間なんてネズミとそんなに変わらないんだなあ。威張ってちゃあかんね。

2003年5月頃
モニターの外にウインドウが飛び出さないとか、前開いたのと同じ位置にウインドウが開くとか、当たり前のことを実現するプログラミングって面倒くさいなあ。「できたできた」と騒いでも付近の人々の反応が鈍い。誰も尊敬してくれない。だけど当たり前のことなので実現しなきゃ格好悪い。

2003年4月頃
春ですね。暖かくなってきました。このサイトを始めてからまる3年経ちました。あのとき中学や高校に入学した若者達はもはや卒業です。きっと人生のめくるめくような変転を経験していることでしょう。ひきかえ、おじさんは何の変化もない毎日を暮らしています。

2003年3月頃
ここ2ヶ月くらい北方謙三の「三国志」をずっと読み続けている。行き帰りの電車ではもちろん、便所や風呂でも読んでいる。目の前の女房に「張飛殿」と声をかけてしまうこともある。集中しすぎて虚実の境があいまいになってしまったのだ。それほどに楽しんできた「三国志」も現在最終巻に至って残すところ200頁程になってしまった。これが終わってしまって以後、風呂で何を読めばいいのだ? 女房をなんと呼べばいいのだ?

2003年2月頃
ベランダのタライに亀がいる。ミドリガメだ。もう5年もいる。夏場は近づくと立ち上がってエサを欲しがったりするが、近頃は冬眠していてまったく動かない。ところが先日の晩、窓越しにふと見るとふらふらと動いている。どうしたのかとベランダに出てみて驚いた。タライの水が一部凍って亀が氷漬けになっている。その氷が風に吹かれて亀もろとも漂っていたのだ。なんとか氷からは救出したが、あいかわらず冬眠したままなので安否は春まで不明だ。

2003年1月頃
2003年は、中古Macの値段が高騰した年として記憶されることになるのだろうか……ところで話は変わって、MacOSXにはApacheとPerlが組み込まれている。なので、でたらめなCGIも自分のパソコンで気兼ねなくテストできる。プログラムを暴走させてもだれにも怒られないのだ。これはとっても楽しいことである。というわけで、2003年はCGIを使ってDTP仕事を楽にするような事も考えたい。と思うこの頃である。

2002年12月頃
近頃、日曜・祝日や夜中に仕事して平日の昼間は寝てたり遊んだり、というサイクルで暮らしている。ふしだらでそうなっているのじゃない。仕事の流れがそうなのだ。妻に頼まれ平日の午前中ヒゲも剃らずにボサボサの髪でゴミを捨てに出たりする。家はマンションの8階だが、近隣の奥さんに会うと恥ずかしいので階段を使って下り上りする。シャイなのだ。

2002年11月頃
仕事で毎日使ってるOSはClassicだしIllustratorは5.5や8.0.1だし…ああ、わしは年寄りになってしまった。で、このサイトもみるみる老朽化してきてる。できるものから順番に OS X 化していって若返りを図りたいのだけど、いかんせん仕事で使ってるわけじゃないので OS X に向かう時の迫力が乏しい。中途半端で投げ出して昼寝ばっかりしている。時折散歩したり縁側でお茶をすすったりもする。イラレの鬼は OS X 化したぞと、ばあさんが耳元でささやく。

2002年10月頃
書店の本には売上票というのが挟んである。二つ折りになっていて、十数ページをまたいでいる。目次を見て「ここ読みたい」と思うページを開こうとすると、その売上票がじゃまで開けない。十中八九そうなっている。「立ち読みするな」ということか。何で私の読みたいところが予め分かるのか不思議だ。

2002年9月
朝晩は涼しい。けど昼間は暑い。おまけに仕事場のクーラーはやたらきいて寒かったり、突然きかなくなって温風が吹き出たりする。家のMacはOSXが立ち上がったりOS9が立ち上がったりする。OS9にはATOKが入ってるけどOSXはことえりのままだ。ああああ、何か何もかもがうっとおしい。

2002年8月
バカンスのシーズン到来だ。毎年8月は仕事がむちゃくちゃ暇で、いっそ長期夏期休業にしようかと思うのだけど貧乏性なのだ。天罰が下って一生仕事がなくなりそうで恐ろしい。そしてどうしてだろう、お盆休み直前になると「休み明けにちょうだい」の仕事が必ず発生する。で、仕事してるようなしてないような中途半端な8月はゆらゆらと過ぎ、ツクツクボウシの鳴くうら寂しい晩夏となる。

2002年7月
なれない環境に適応するためには外部からの圧力か、または自発的な好奇心が必要だ。けど、その両方ともない。Mac OS X に対峙する私のことである。OS X ネイティブのソフトを作ると楽しいかも、と思い、Developer Tools をインストールし、Cocoa 関連の本を買い込んでから既に3週間以上。ぜんぜん触っていない。それどころか OS X 自体もほとんど起動させていない。何か馴染めない・・・私だけ?

2002年6月
Wカップサッカーの日本対チュニジア戦が行われた長居スタジアムは自宅から歩いて2分だ。安全が保証できないという理由で小中学校が休校になったり、自宅周辺が通行禁止になって帰れなくなったり、とお祭りムード満点の日々である。暴徒が拾って投げちゃいかんと言って線路の敷石を樹脂で固めた日には、町中がシンナー臭で満たされ、少しラリったりした。

2002年5月
健康診断を受けたところコレステロールが少し高いと出た。生活習慣を改善して三ヶ月後に再検診せよ、とのことだ。とりあえず妻に報告し、それなりに食事に気を遣ったり運動したりして再検診を受ける。結果が良好なので、安心してまた元の暮らしに戻ってしまう。ということを毎年繰り返している。

2002年4月
寝る直前、はずそうとしていたハードコンタクトレンズの片方が無くなり、洗面所ユニットを分解しても見つけられず泣きながら床について翌朝、せめて片目だけでもと装着したところ、どうも様子がおかしい。はずして調べて驚いた。2枚のレンズがぴったりと重なっていたのだ。なんでこんなことになるのか? だから酔っぱらいはいやなのだ。>自分

2002年3月
初めて見ず知らずの他人からおっちゃん呼ばわりされたのは18の時。断っておきますが老けてたわけじゃありません。相手が子供だったので相対的に大人風に見えたのだ。で、その時はとても誇らしげな気がした。やっとこさ一人前だあ、とか思った。翻って真正おやじになった昨今、ぜんぜん一人前じゃないのに見映えばかり老け込んでいたりする。

2002年2月
バージョンアップのプログラミングはつまらない。核心部分はすでに前バージョンで実現してるので、できあがった時の達成感が乏しいのだ。バグの修正に至ってはノミのくそほどの達成感もないぞ。とか思いながら、どうにかこうにか作業終了。Illustratorハイチマンが1.5になりました。

2002年1月下旬〜2月
Illustrator10の新機能セミナーへ行った。起動画面の女神の若返りが最大の新機能だとも聞き取れたが、私としてはオブジェクトを変数指定しデータベースとリンクする機能がいい。ところで、デモの最中にフリーズしてしまい気の毒なプレゼンテーターだったけど、「アドビちゃん気にするな」と言いたい。フリーズなんて日常茶飯事だから。

2002年1月
Illustrator10が出た。9もまったく使ってないし、正直いらないなあと思う。なのにバージョンアップしないと何か恐ろしい目にあいそうな気がして落ち着かない。「アドビちゃんもうやめて」と言いたい。つけ加え、これは自作ソフトをまったくバージョンアップできないずぼら作者のひがみではないので、念のため。

2001年12月
なんということだか、ふと気付くと壁のカレンダーがぺらんぺらんと心許なく揺れてるじゃないか。「今年こそ今年こそ」と言いながら何もせぬまま21世紀の最初の一年が過ぎようとしている。このまま無為に歳だけとって行くのかと思うと悲しい。

2001年11月
Photoshopアクションを吐き出すソフトを作りながら、ついでにIllustratorのアクションファイルを調べた。中身はテキストファイルだ。バイナリのPhotoshopに比して断然解析しやすい。イラレのアクションを制御してなんかおもろいことできないだろうか?

2001年10月頃
次第に秋深まるこの季節には、日に日に大人になっていくような(近頃は日に日に老化していくような)渋さがあってなんか落ち着きます。秋生まれだからかなあ・・・誕生日をほのめかしてプレゼントを催促している訳じゃありません。でも10月26日が誕生日です。

2001年9月頃
英訳ソフトを買った、大枚3万円。わくわくしながら翻訳された文章を読もうとして涙が出てきた。日本語が壊れてる。壊れた日本語と苦手な英語とどっちが読みやすいかというと英語の方がまだまし。ああ悲しい。
壊れた日本語の事例

2001年8月終わり頃
文学作品が無料で読めるのをご存知ですか(http://www.aozora.gr.jp/)。こないだまでここから落としてきた八木重吉の詩を眺めもって「暑い暑い」と言ってたわけですが、いつのまにやら朝夕はめっきり晩夏です。秋の気配もちらちらしてます。月も明るかったりして・・・にしても「めっきり」って変な言葉だと思います。

2001年8月半ばあたり
ふと気付くともうセミは鳴いていない。けど秋の気配の微塵もない。かき氷を食べながら八木重吉の詩を読んでみる。「わたしの まちがひだつた / わたしのまちがひだつた / こうして 草にすわれば それがわかる」。この端的さは何たることだろう。言葉がすなわち感情であるかのようだ。こんなプログラミングを いつか したい と おもふ。・・・にしても暑い。

2001年8月前半
やたら暑苦しい、というか息苦しい。閉塞感に満ちた街にセミが鳴いている。からくも生き残った面々だ。コンクリートを剥がすとそこには土が現れ、地上によみがえることのできなかったセミの屍が無数にあることを想像してしまう。コンクリートで押さえつけられてずいぶん息苦しかっただろうなあ。もしかしたら来年はもうセミも鳴かないかもしれない。

2001年7月
何かえらい暑いです。で、クーラーの前にへばりついていたら、膝が痛くなって階段の上り下りがむちゃくちゃ遅い。平坦な道はスタスタなのに階段に来ると突然ヨロ〜リヨロ〜リなので変な目で見られてる気がして、ふつうの道もわざわざヨロ〜リヨロ〜リと歩いています。街で見かけたら激励してください。

2001年6月
内閣の支持率が高まっている。ふと窓の外に目をやるといつも見える六甲の山並みが今日はかすんでいて見えない。降水確率も高まっている、今日は100本のうち20本の傘を使う位の確率らしい。ぼちぼち梅雨になるのだなあ。

2001年5月
何で電話するんだ携帯電話はご遠慮下さいと今言っとっただろが。何でそんなに激しく脚を通路に放り出してるのだ。何で人が肘をかけてる肘掛けに腰掛けてくるんだ。おまけに君のリュックがおれの頭をこづいてるぞ。開けた扉を自分で閉めれんのか。降車側ホームから乗ってきて先に座るなよ。エスカレーターで互い違いに突っ立っておれを通せんぼするのはやめてくれんか。

2001年4月
ローカルな話ですみません。JR阪和線の高架工事のおかげで桃ヶ池周辺のさくらがなくなってしまった。そのさくらたちの一斉に満開になる様子を見て、さもや花々がそれぞれに打ち合わせしているのでは、という疑惑に取り憑かれながらこのHPを立ち上げたのがちょうど1年前。あのさくらたちはどこへ行ってしまったのだろう。

2001年3月
近頃集中力が持続しない。作りかけて放り出したソフトがディスク上に散在している。この気分の散漫は春近しのおかげか? あるいは寄る年波のせいか? 少しだけ暖かくなってきたこの頃、ベランダで冬眠していた亀がごそごそ動き始めている。おお、この文章もすごく散漫だ。

2001年2月
もう2月だ。ここ1ヶ月、まったくプログラミングをしていない。別に忙しかったわけでもない。旅行に行ってたわけでもない。飲んだくれてたわけでもない。じゃあ何をしてたのかというと何もしていない。21世紀の最初の1ヶ月をぼおっとしてたのだ。文句あるか?!(と開き直る)

2001年1月
21世紀になったからといって特別な太陽が昇るわけじゃない。だけど、ほんの少しでいいから昨日よりましになりたい、そんな希望が世界中で数十億も芽生えれば本当に昨日よりましな世界になるかもしれない。

2000年12月
並の大晦日でもこんなにゴージャスなのに、死ぬほど興奮するにちがいないと子供の頃想像していた世紀末の大晦日。はたして如何なものか。ちなみに昨年はうたた寝ぶっこいている間に千年紀をまたいでいた。動じぬこと山のごとし・・・ああ、それが大人というもの。

2000年11月
9.0になってIllustratorファイルは中身が全く変わってしまいました。Photoshopはいつのまにか6.0です。MacOSXが界隈で話題になってます・・・・もう堪忍して! ついて行けないです。

2000年10月中旬
無数にある「できること」と、これまた多くの「やりたいこと」との最良の組み合わせを見つけ、「できること」を拡大したり逆に「やりたいこと」を縮小したり・・・デザインという行為はそういう営みなんだということに最近気付いた。かくして無理矢理縮小された「やりたいこと」の残滓がぼろぼろこぼれていく。

2000年10月初旬
映画俳優の名前が思い出せなくて「ほら、あのロッキーの・・・」と言っていると、妻が「シルベ・スタスタ・ローン」だと教えてくれた。そんなけったいな名前があるかいなと思う。きっとシルベ・スタローンにちがいない。いや待てよ、シルベスタスタスタスタローンだったか?

2000年9月中旬
最近、フレームの使用をやめたからか、検索エンジンからこのページへやって来る人がちらほらおられる。より多くの人の目に触れ、おかげでこのページも育っていく。けどしかし、素直に喜べないのだ。なぜならページ冒頭を見よ!「Macのモニターに睨みつけられて過酷な・・・肩こり、頭痛、腰痛・・・」などと口上を述べているものだから、ある人は肩こりをほぐす方法を求めて、またある人は疣痔への対処に困り果ててこのページへやって来るのだ。はたして、ノミの涙ほどにはお役に立てたのだろうか?

2000年9月初旬
PhotoshopのSDK(ソフトウェア・デベロップメント・キット)を読んでいる、というか英和辞書を片手に眺めてる。情けないかな遅々として理解が進まず、多くの先人の嘆きに私も到達する「ああ、もっと勉強しといたらよかった」。でもあのころは英語の勉強よりもっと大事な何かをやっていたのだ。きっとそうに違いない。それが何だったのか今となってはまったく思い出せないにしても。